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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)3304号 判決 1982年2月16日

原告

甲野一郎

右法定代理人親権者母

甲野花子

右訴訟代理人

糸賀了

右訴訟復代理人

小沢英明

被告

大田区

右代表者区長

天野幸一

右指定代理人

山下一雄

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一謂求の原因1の事実<編注・原告が中富小学校の六年生であり、月館、土屋、市川が同校の教諭であつたこと>は、当事者間に争いがない。

二同2の事実について

1  同2(一)の事実中、昭和五三年二月二八日第二時限と第三時限の間の休憩時間に原告が山下とともに学校構内から外出し、その際田中宅の窓ガラスを割つたこと、本件事件を目撃した田申宅の者が原告らに注意しようとした際原告らは「テストがあるから。」と言つて逃げ出し、第三時限の開始直前に学校へ戻つたてと、しばらくして右田中宅の者から学校に対し本件事件について通報があつたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は<証拠>により認められる。

2  同2(二)の事実中、月館、土屋、市川各教諭が、原告を六年二組の教室前の廊下に呼び出し、立たせたままで本件事件に対する原告の関与の有無につき事情聴取を行つたことは当事者間に争いがない。原告は、右事情聴取が違法な行為であると主張するので、この点について判断する。

(1)  本件事情聴取を行うに至つた経緯

<証拠>を総合すると、本件事情聴取が行われるようになつた経緯は次のとおりであることが認められる。

昭和五三年二月二八日午前一〇時四〇分ごろ、学校の近隣に住む田中と名乗る者から学校に対し「家のガラスを、中休みに学区内を歩いていた子供に割られた。危いので注意して欲しい。ガラスを割つたと思われる子に注意しようと思つたら、テストがあるからと言つて逃げ出してしまつた。」との電話連絡があつた。たまたま第三時限に受持授業がなかつた月館教諭は、教員室において、右電話連絡を受けた者からその報告を受けたため、同日午前一〇時五〇分ごろ改めて右田中宅へ電話連絡をしたところ、同人から、「学校としては中休みに子供を表へ出していいのか。ガラスはパチンコで割られた。ガラスを割つた子を調べてほしい。高学年の子供だつたと思う。」と言われた。同教諭は、学校関係者以外の者に財産的損害を被らせたという事の性質上早急に解決する必要があると判断し、直ちに調査したところ、六年二組において第三時限にテストがあることが判明した。そこで、同教諭は、その教室に向かい市川教諭を呼び出し田申宅のガラスを割つた者がいないかにつき調査してもらつたが、該当者なしということであつた。前記田中の説明によればガラスを割つたのは高学年の者らしいので、六年生の他のクラスについても同様の調査をする必要があると考え、一組及び三組についても実施したが、やはり該当者なしということであつた。そのため、月館、土屋、市川各教諭及び六年三組の担任教諭である篠原が、廊下において、五年生についても調査するか否かを相談していた時、六年三組の三人の児童が教室から出て来て、月館教諭らに対し、原告と山下が校外から帰つて来るのを見たと報告した。そこで、月館教諭らは、原告及び山下を六年二組の教室前の廊下に呼び出し、事情聴取をすることにした。

なお、<証拠>によれば、六年三組は、第三時限は体重測定を行なつており、これを終えて全員が教室に戻つてから右調査をしたこと、クラス全員の体重測定を行うには通常二〇分位必要であることが認められるから、右事情聴取が開始されたのは第三時限開始後約二五分を経過した時であると認められ、右認定に反する<証拠>はこれを措信することができず、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2)  本件事情聴取の内容

<証拠>を総合すると、本件事情聴取は、関係者全員が立つたまま、次のとおり行われたものであることが認められ<る。>

なお、請求の原因2(二)の事実中次に認定する事実の他は、これを認めるに足りる証拠はない。

(ア) 市川教諭は、六年二組の教室に戻り、原告と山下を廊下に呼び出し、月館、土屋各教諭とともに両名に対し、中休みに二人で外に出たか否かを質問したところ、両名とも出ていない旨回答したため、土屋教諭が「君達が外から帰つて来るのを見た者がいる。」と告げると、両名はこれを認めた。そこで、次いで、月館教諭が両名に対し、その行きか帰りに窓ガラスを割つたか否かを質問したところ、原告は割つていない旨回答し、山下は回答しなかつた。そのため、同教諭は、念のため両名に対し、「田中宅の前を通つたか。」、「そこに誰かいなかつたか。」、「そこを走らなかつたか。」と質問したところ、原告が「小さい子がひとりいた。」と答え、また両名とも田中宅前の道を走つた旨答えた。ただ、走つた理由については、山下は「原告が逃げろと言つた。」旨答えたが、原告は「逃げろとは言つていない。テストがあるから早く行こうと言つたのだ。」と答えた。ここで両名の言い分に食い違いが出たために、以後、両名に対し別々に事情聴取をすることにした。

(イ)(ⅰ) 原告に対しては市川、土屋各教諭が事情聴取をすることになり、外出した道順、外出した目的等が質問された。その際も、原告はガラスを割つていない旨断言したので、土屋教諭は、これを信用して、原告を、六年二組の教室に戻した。

(ⅱ) 山下に対しては月館教諭が事情聴取をしたところ、山下は、同教諭に対し、原告が田中宅の窓ガラスを割つたこと及びパチンコの玉を下手投げで投げて割つたことを認めた。

(ウ) そこで、月館教諭は、既に教室に戻されて五分位経つていた原告を再び廊下に呼び出し、事情聴取を再開した。その際、同教諭は、原告に対し、田中宅の窓ガラスを割つたか否か及びパチンコの玉を持つていたのではないか等を質問したところ、原告は、パチンコの玉を持つていたことは認めたものの、ガラスは割つていないと断言した。そこで、同教諭は、原告に対し、「お前がパチンコの玉を投げるのを山下が見ていたぞ。」、「はつきりしないと、今後このような事件が起こつた場合お前のせいにされても仕方がないんだぞ。」、「本当なら、ここでぶつとばされても仕方ないんだぞ。」、「指紋をとればすぐ犯人は分かるのだ。」などと言い、また、「どうして嘘をつくんだ。」と言つて手を前に出した際、一度、手が原告の腹部に触れた。また、市川教諭に対し、「パチンコ玉の指紋を調べてみましようか。」と言つた。右事情聴取には市川、土屋各教諭も立ち合つていたが、市川教諭も、原告に対し、「どうして嘘をつくんだ。」と聞いたりした。そして、月館教諭が、「パチンコの玉をどうしたんだ。」という質問を繰り返すうち、原告は下手投げの動作をするようになり、最終的には、「下手投げで鳥小屋めがけて投げた。」と言つた。そのころ、四〇分間の第三時限が終了し、廊下を他の児童が通り始めることが予想されたため、月館教諭らは本件事情聴取を終了することにし、原告を教室に戻した。右終了に当たり、市川教諭は、原告に対し、「お前、よくもそんな涼しい顔をして嘘をつけるな。」と言つた。

(3)  本件事情聴取と違法性の有無

本件事件のような児童の問題行動について児童から事情聴取をする場合においても、学校教師としては、児童の心身の発達に応じ、児童に苦痛を与えその人権を違法に侵害することのないよう配慮して、真相を究明すべき注意義務があるというべきところ、本件においてこれをみるに、既に認定したとおり原告は当時卒業まで一ケ月を残さない六年生であつたこと、本件事件が学校関係者以外の者に財産的損害を被らせたというものであるうえ、原告が目撃者に声をかけられながら逃げてしまつたという相当事情のよくない事案であつたこと、そのため既に被害者から学校に対し苦情が届いているという事態にあつたこと。右各事実に照らせば事件を早急に解明することが被害者とのトラブルを避けるためにも、また原告に対する個別的生活指導上も必要であつたということが認められること、これらの点に加えて、前記(1)、(2)の本件事情聴取に至つた経緯及び本件事情聴取の内容を併せ検討すると、本件事情聴取にあつての月館教諭らの言動のうちには、個別的に見れば教育者の言辞として必ずしも妥当でないと感じられるものもあることは否めないが、これをもつて本件事情聴取が前記注意義務に反した違法な行為であるとまでは到底解することができない。

三よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(山田二郎 西理 川口代志子)

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